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知ると面白い! 「江戸時代のトイレ」雑学

江戸時代の人々

今も昔も毎日の生活に深く密着している「トイレ」は、その時代の知恵や文化を大いに反映しているもの。
今回は「江戸時代」のさまざまなトイレの雑学について紹介していきます。

江戸時代の町人トイレ事情

江戸時代の町人のほとんどは、長屋と呼ばれる賃貸住宅に暮らしていました。長屋には10世帯ほどの人たちが生活していましたが、一般的にひとつの長屋には男女共用のトイレが2つだけ設置されていたようです。
当時のトイレには下半分しかドアがついていなかったので、上から覗くと中の様子が全て見えてしまったと言います。男性が立ってトイレを使っていれば外からでも確認できますが、しゃがむと外からは人が入っているか分かりにくいため、わざわざ頭を上げて使用中であることをアピールする人もいたとか。
同じ江戸時代でも、武家屋敷や商家など一部の裕福な人の家には世帯専用の室内トイレがあり、共用外トイレを使う町人たちは彼らの生活にとても憧れていたそうです。

また江戸時代はトイレットペーパーとして「紙」が使われるようになり始めた時代でもあります。
この当時トイレで使われた紙は「浅草紙」という再生紙でした。1枚1文(15円程度)の価値があったそうで、使い終わった紙は屑屋が買い取りリサイクルされていたそう。
ただ江戸の中心地を離れた地域では、江戸時代でもワラなどが使われることが多く、全国的に紙が使われるようになったのは明治時代に入ってからでした。

排泄物は高価な商品だった!?

江戸時代の排泄物は、肥料として広く利用されるとても大切なもの。
そのため当時の農家の人たちは長屋を回って、トイレに溜まった排泄物を汲み取り、現金や野菜と交換をしていました。長屋のトイレに溜まった排泄物は大家さんの所有物とされたため、排泄物で得た利益は大家さんの収入になります。

江戸時代後期には休憩所やお茶のサービスが付いた豪華な公衆トイレができました。年間500両(現在のお金に換算すると約4000万円)もの運営費用は、排泄物を売った利益でまかなえていたと考えられています。その排泄物にもランクがあり、良い物を食べているであろう大名や商人の排泄物には高い値段がついていたというのも面白いですね。

排泄物を価値ある肥料としてリサイクルしていた習慣は、江戸のキレイな町並みや清潔さを支える大きな要因になっていました。同じ17世紀のフランスなどでは衛生管理が行き渡っておらず疫病が流行ったこともあります。もしかすると日本の「もったいない文化」は、こうしたところから来ているのかもしれませんね。

絢爛豪華な将軍のトイレ事情

江戸城と橋

江戸城にあった将軍のトイレは、畳敷きの床に漆塗りの便器がセットされた高級な部屋でした。
排泄物は引き出し式に取り出すことができ、医師が将軍の健康状態をチェックしていたようです。

江戸城大奥の将軍用トイレでは、寒い季節には火鉢などの暖房が置かれ、暑い時期には女中が扇子で扇いでくれていたそう。用を足した後は、女中が揉み柔らかくした紙でお尻を拭いてくれるなどのサービスもありました。

今とは大きく異なる「江戸時代のトイレ事情」
この時代の生活の仕方や、環境と調和するエコな考え方には、現代の私たちが見習わなくてはならないところがあるかもしれませんね。